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京都地方裁判所 昭和63年(ワ)1999号 判決 1992年2月05日

原告 有限会社 敬明商事

右代表者代表取締役 刑部忠雄

右訴訟代理人弁護士 藤田元

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 粟津光世

被告 乙山花子

右訴訟代理人弁護士 國松治一

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二、七六〇万円及びこれに対する被告甲野太郎は昭和六三年九月三日から、被告乙山花子は同年八月三一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分しその三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決第一項に限り、仮に執行することができる。

事実・理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、各自金四、六〇〇万円及びこれに対する被告甲野太郎は昭和六三年九月三日から、被告乙山花子は同年八月三一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一 請求の類型(訴訟物)

本件の請求は、被告太郎の関係では、取締役の第三者に対する責任(商法二六六条ノ三第一項)による損害賠償請求権、被告花子の関係では、主位的に監査役の第三者に対する責任(商法二八〇条第一項、同二六六条ノ三第一項)による損害賠償請求権、予備的に親会社の代表取締役たる地位に基づく子会社の事実上の取締役としての第三者に対する責任(商法二六六条ノ三第一項)による損害賠償請求権、被告太郎との共同不法行為責任(民法七一九条)による損害賠償請求権、不法行為責任(民法七〇九条)による損害賠償請求権である。

二 前提事実

1  当事者の地位(当事者間に争いがない)

(一) 原告は、繊維製品の卸売業を主たる営業目的とする会社である。

(二) 訴外株式会社丙川(以下「丙川」という。)は、繊維製品の卸売業を営業目的とする会社であるが、昭和五一年一月三〇日設立され、被告甲野太郎(以下「被告太郎」という)が、代表取締役を務めていた。

(三) 被告乙山花子(以下「被告花子」という)は、丙川の親会社、訴外乙山有限会社(以下「乙山有限」という)の代表取締役であるが、丙川の監査役に昭和六三年二月二五日就任したとして、登記されている。

(四) 被告太郎と被告花子は、昭和四九年五月二日婚姻し、昭和六三年六月二八日協議離婚した。

2  原告と丙川の取引(以下「本件取引」という)の経緯

(一) 原告は、丙川に対し、昭和六三年一月二六日から同年五月二〇日まで、左記のとおり呉服類金四、七〇九万九、四〇〇円を販売し、毎月一〇日締めの二〇日払の約束で、満期が六か月先の別紙手形目録1ないし7の約束手形を受領した(被告太郎関係―争いがない)。

(二) 丙川は、支払手形(満期・昭和六三年七月二五日)の決済を前にして同月二三日、自己破産の申立をなし倒産した(当事者間に争いがない)。

三 争点

1  被告太郎関係(取締役の第三者に対する責任)

原告が丙川と昭和六三年一月二六日から同年五月二〇日にかけて本件取引により呉服類を買い受けた当時、丙川は、累積赤字により倒産必至の状態であってその商品代金の支払い見込みがなく、被告太郎の右買入れは悪意又は重大な過失に基づく会社(丙川)に対する任務懈怠に当たるか、それとも、丙川は当時その受取手形、乙山有限からの資金援助及び売上の状況からみて、右売買代金決済の見込みがあり、右買入れは会社に対する任務懈怠はならないか。

(一) 原告の主張

丙川は、本件取引当時、累積損失二億〇、一九八万円にのぼっており、極度の支払不能の状況にあって、被告太郎は、代金決済の見込みがないことを知っていた。仮に、被告太郎が知らなかったとしても、重大な過失がある。したがって、被告太郎は取締役の第三者に対する責任を負う。

(二) 被告太郎の主張

丙川は、本件取引当時、その受取手形、乙山有限からの資金援助及び売上状況から代金決済の見込みがあった。その後の資金繰りの破綻は、訴外住友銀行が手形取引を打ち切ったこと及び訴外石勘が乙山有限と被告花子の不動産を仮差押したという、予期せぬ事情に基づくものであって、被告太郎に、故意または重過失はない。したがって、被告太郎は取締役の第三者に対する責任を負わない。

2  被告花子関係

(一) 監査役の第三者に対する責任について

被告花子は、丙川の監査役であったか否か。仮に、監査役でなかったとしても、商法一四条により、監査役就任登記が不実であることを原告に対抗できないか。

(1) 原告の主張

イ 被告花子は丙川の監査役として、丙川の帳簿書類を閲覧し、必要な時は、丙川の業務財産を調査すべき義務があるのに、会社に対する任務を怠った。したがって、被告花子は監査役の第三者に対する責任を負う。

ロ 仮に、監査役でなかったとしても、商法一四条により、監査役就任登記が不実であることを原告に対抗できない。

(2) 被告花子の主張

イ 被告花子は、丙川の監査役ではない。乙山花子は、監査役になることを承諾したことはなく、監査役就任登記は、被告太郎が無断でなした無効なものである。したがって、被告花子は、監査役の第三者に対する責任を負わない。

ロ 被告花子は、不実登記の現出につき、承諾を与えておらず、故意または過失がないのであって、商法一四条の類推適用により責任を負うことはない。

(二) 事実上の取締役の第三者に対する責任及び共同不法行為に基づく連帯責任について

被告花子は、丙川の親会社、乙山有限の代表取締役であるが、このことから丙川の事実上の取締役として、取締役の第三者に対する責任(商法二六六条ノ三第一項類推適用)、あるいは、丙川の取締役を背後から動かしていた者として、被告太郎とともに共同不法行為に基づく連帯責任(民法七一九条二項)を負うか。

(1) 原告の主張

乙山有限は、丙川の全株式を所有し、丙川は、乙山有限の完全所有子会社である。乙山有限の代表取締役である被告花子は、丙川を実質的に支配しており、丙川の事実上の取締役として、原告に対し、商法二六六条ノ三第一項の責任を負う。仮に、被告花子が、事実上の取締役に当たらないとしても、丙川の取締役を背後から動かしていた者として、被告太郎とともに共同不法行為に基づく連帯責任を負う。

(2) 被告花子の主張

被告花子は、会社経営の知識も能力もなく、被告太郎の業務執行に対し、影響力を行視する立場にはなく、丙川を実質的に支配していない。したがって、被告花子は事実上の取締役の第三者に対する責任及び共同不法行為に基づく連帯責任を負わない。

(三) 不法行為責任(民法七〇九条)

被告花子は、丙川を潰すべく、取引金融機関に対し、手形割引をしないよう働きかけ、故意に倒産に追い込んだか否か。

第三争点に対する判断

一 事実の認定

《証拠省略》と前示争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  被告花子の亡父乙山松夫(以下「松夫」という)は生前京都市室町筋で染呉服製造卸業を営み、個人企業の店を以下のとおり次々と法人成りさせ、株式会社丁原商店、丁原株式会社、丁原株式会社戊田店及び乙山有限を設立し、代表取締役に就任した。

(二)  株式会社丁原商店は、株式保有のための会社であって、丁原株式会社及び丁原株式会社戊田店の株式を保有していた。

(三)  昭和四九年二月二七日、被告花子は、乙山有限の代表取締役に就任した。

(四)  丙川は、昭和五一年一月三〇日、前示染呉服製造卸の「丁原株式会社」からその前売筋対象部門を分離独立して、当初、商号を「丁原株式会社戊田店」、本店・営業所を京都市下京区《番地省略》、資本金を一、〇〇〇万円として設立された。丙川の設立当時の役員は、代表取締役松夫、取締役乙山竹夫、同被告太郎(ただし、破産宣告時は代表取締役)、監査役甲田梅夫(以下「甲田」という)という構成で、丙川は小規模の閉鎖的な同族会社であった。

(五)  丙川は、室町筋の老舗「丁原株式会社」からの暖簾分け的な会社であったため、業界や銀行の信用を得て、石勘株式会社、一廼穂株式会社、北畠株式会社、丁原株式会社、福島商事等を主な仕入先とし、地方問屋や前売筋を販売先としながら、設立後昭和五五年までは、毎年二〇〇ないし三〇〇万円の利益を上げていた。

(六)  昭和五五年六月、松夫が死亡したため、被告太郎が丁原株式会社戊田店の代表取締役に就任したが、相続人(被告花子とその実姉、実母)の間で、相続争いが生じ、昭和五八年一二月、その調停が成立して、漸く解決をみた。

(七)  その結果、同社は、昭和五八年一二月二四日、商号を「株式会社丙川」と変更し、更に同六三年一月一日、本店・営業所を京都市下京区《番地省略》に移転した。そして、右の遺産分割調停により、丙川の株式は全部乙山有限の所有するところとなり、丙川は乙山有限の完全所有子会社となった。

(八)  乙山有限は、もともと不動産の賃貸、保有、管理を主な目的とする会社であって、丙川に対し、本社ビルの賃貸、資金援助及び物上保証をしており、丙川の存続には、乙山有限の信用が、不可欠であった。

(九)  乙山有限の業務は、遺産分割後丙川倒産に至るまで、監査役たる被告太郎が担当し、被告花子は、丙川のために担保を設定する際、乙山有限を代表して承諾を与えていた。

(一〇)  被告花子は、丙川に対し、個人として資金援助及び物上保証をしていた。

(一一)  この間、丙川は、この相続争いのあおりで次第に得意先や銀行との関係が悪化していった。これに加え、和装業界そのものの不況、借入金利払いの肥大化及び、被告太郎が、子会社として設立した呉服等の卸、小売業を目的とする有限会社乙田(昭和五六年一〇月二三日設立)、株式会社乙田(昭和五七年五月二五日設立)に対する融資の増加などの諸要因が重なり、丙川は、昭和五六年以降、毎年のように二、〇〇〇万円ないし七、〇〇〇万円の赤字を出すに至り(ただし、昭和五八年は九〇万円の黒字、同六一年は三〇〇万円の赤字)、昭和六二年度決算期には、累積損失二億〇、一〇〇万円に達した。

(一二)  昭和六二年一一月頃、被告太郎は前示子会社が営業不振でその経営に失敗して、丙川が住友銀行から融資を受けてこれらに転貸していた金員計約九、一〇〇万円が回収不能となった。そのため、主要取引銀行である住友銀行の意向に従い、同月右子会社を清算結了したこともあって、丙川の累積債務は約三億円となり、そのうち、銀行借入金が二億円であったことから、その金利負担軽減のためにこれを決済する必要に迫られていた。なお、子会社の失敗は、被告太郎の経営の見込違いによるものであった。

(一三)  そこで、丙川及び被告花子は、当時丙川の本社店舗として使用していた乙山有限所有の土地建物を他へ売却処分し、丙川の右銀行債務の支払いに充てた。

(一四)  昭和六三年一月丙川は新社屋へ移転し、会社再建のスタートをしたが、その頃から被告花子は丙川の新社屋に出向き、会社の帳簿を見たりしていた。それに前後して原告に出入りするブローカー橋本一夫が被告太郎に対し、バッタ屋とか市屋といわれて格安品を商う現金問屋の原告からの仕入れを勧め、被告太郎は右橋本を丙川の専属ブローカーとして雇い入れて、同年一月から五月二〇日までの間、原告から格安商品である本件呉服類を仕入れ、その代金支払いのため満期を六か月先とする丙川振出の約束手形を交付した。

なお、丙川は、その間、主要取引銀行である住友銀行からしばしば丙川の融資枠は限度一杯である旨を通告されていた。

(一五)  同年二月二五日、設立以来の丙川の監査役であった甲田が、高齢で退任した。

(一六)  同年四月二一日、被告花子につき、同女が同年二月二五日に監査役に就任した旨の登記がなされている。なお、右同日の丙川の株主総会議事録に被告花子が監査役就任を承諾した旨の記載がある。

(一七)  被告花子は、その頃までに、前示(一四)のとおり、原告との取引に関する帳簿を閲覧し、取引担当者訴外橋本一夫及び被告太郎に対し、利益の極めて薄い取引で経費倒れとなる恐れがあると考えて、善処して欲しい旨の意見を述べたこともある。

(一八)  同年四月頃から、丙川は、前示(一四)の原告から仕入れた格安品を販売したため、多くの返品のトラブルが続発するようになり、やがて、資金に窮し、同月以降、仕入値より販売価額の低いいわゆる見切り販売のダンピングをしたりして、急場を凌いでいた。

(一九)  被告太郎は祇園のスナックのオーナーとの間に女性関係があり、朝の出社が遅い、夜は余り帰宅しないことが続き、仕事に身が入らなかった。

(二〇)  同年五月上旬頃、被告太郎は原告に一部仕入商品の返品を申し入れたが、これを拒否されたため、同月中旬頃仕入をストップした。

(二一)  同年五月頃、丙川の取引先である石勘株式会社の社長清水が、被告花子を呼び出し、丙川の従業員が辞める、社長の被告太郎の普段の素行が悪いという話をした。被告花子は被告太郎の女性関係に疑いをもっていたことでもあり、右清水から被告太郎に対してアドバイスをして貰ったが、同被告はこれを否定し一向にその生活態度が改まらなかった。そこで、被告花子は再び右石勘を訪問して、社長清水に対し、乙山有限や被告花子個人は丙川をバックアップできない旨を伝えた。

(二二)  同月一〇日、丙川の従業員(経理係)と取締役の二名が辞職して同業の競争会社を設立して、丙川の得意先を奪うに至ったため、丙川は、さらに苦境を深めた。

(二三)  同月中頃、被告花子は、親会社である乙山有限の代表者として又個人名義の融資者として、丙川の主要取引銀行である住友銀行に対し、以後手形の割引をしないで欲しい旨を申し入れた。その結果、同月二〇日、住友銀行(四条支店)は、今後貸出しならびに商業手形の割引はしない旨を丙川に通告した。

(二四)  同月二〇日頃、被告花子は、弁護士に相談して、丙川に対し、監査役辞任届を提出した。

(二五)  同月二五日頃、被告太郎は同日丙川の支払手形八四〇万円の決済資金に充てるべき受取手形の割引きが前示事情からできなくなり、商品の現金売りダンピングを行ない漸く決済した。

(二六)  同年六月二五日の支払手形約一、四〇〇万円については、商品の現金安売りなどの相当無謀な営業をしたり、乙山有限、被告花子からの融資、高利金融業者からの高利の手形割引によりその場を凌いだ。

(二七)  同月二八日、被告太郎、同花子は協議離婚した(争いがない)。

(二八)  同月末頃、住友銀行は乙山有限にも融資の打切りを通告してきた。

(二九)  同年七月早々、被告太郎は、京都中央信用金庫、京都信用金庫を取引金融機関とし、肩代わり融資を受けて、住友銀行の債務を返済し、その担保物件を右信用金庫に振り替えて、手形割引等の融資を受ける手続きを急いでいた。

(三〇)  同月九日、石勘株式会社は被告花子所有の長岡京市のアパート、乙山有限所有の宅地、建物に対し仮差押登記を了した。

(三一)  同月、被告花子は乙山有限を代表して、「丙川は今後やっていけない」といって、融資を打ち切った。

(三二)  丙川は、右(三〇)の仮差押、(三一)の乙山有限からの融資打切により、一縷の望みを託していた前示(二九)の信用金庫との取引ができなくなり、そのため資金繰りができず、七月二五日満期の支払手形金二、五二八万二、四〇〇円、同八月二五日満期の支払手形金約三、〇〇〇万円の決済の目処が立たないまま支払不能に陥り、同月二三日、自己破産を京都地方裁判所に申立て倒産した。同月の丙川の財産状態は、資産四、四三二万二、三六二円、負債五億二、一二一万一、一六〇円、債務超過四億七、六八八万八、七九八円である。同年九月八日、京都地方裁判所で破産宣告がなされ、原告は、本件呉服類の売買代金債権ないしその支払いのための約束手形金債権が回収不能となり、同額の四、六〇〇万円相当の損害を被った。

二 被告甲野太郎の責任の検討

1 本件商品の仕入れと会社の対する任務懈怠

(一) 前認定一の各事実の経緯、弁論の全趣旨に照らすと、次の各事実が認められる。

(1) 昭和六三年一月二六日から同年五月二〇日までの間に丙川が原告から呉服類金四、七〇九万九、四〇〇円を買い入れた当時、遅くとも、昭和六二年一一月当時は、被告太郎が子会社の経営に失敗したこともあって、昭和六二年度決算期(同年末)には累積赤字が二億〇、一〇〇万円に達している。

(2) さらに、丙川は、主要取引銀行である住友銀行の意向に従って、子会社である有限会社乙田、株式会社乙田を事実上閉鎖し清算したこと、同年一二月、乙山有限の店舗を住友銀行に対する借入金弁済のために、売却して漸く資金繰りをつけることなどの状況にあって、相当な経営困難に陥っていた。

(3) 丙川は、その後、昭和六三年一月、新社屋に移転して再建を図ったものの、親会社の資金援助とか、他からの借入金等を当てにしたものであって、被告太郎において、確実な代金支払いの目処もないのに、その支払いのため満期を六か月先とする約束手形を振り出し、原告から本件格安商品を買い受けて、成算の持てない極めて利益の薄い安売りを続けた。

(4) さらに、同年四月以降は返品の続発もあって原告から仕入れた本件商品を原価割れのダンピングをするなどして急場を凌いでいた。

(5) 住友銀行も、本件取引がなされた昭和六三年一月ないし四月当時、丙川の経営不振について危機感をもち、丙川の融資枠は限度一杯であると通告していた。

(6) 丙川の原告からの本件商品仕入額は、当初の同年一月分は一七五万五、〇〇〇円であったが、同年二月以降は同年四月までは一、〇〇〇円を超過する金額に達しており、同年五月には六三八万六、五〇〇円となり、急激に取引金額が増加している。

(7) 原告との取引による商品の代金は当初から一切支払われていない。

(二) これらの事実と弁論の全趣旨を考え併せると、被告太郎は、利益を上げる見込みもなく、その商品の品質も充分調査しないで、それまで扱ったことのない品質のよくない安売品である本件呉服類を原告から買い入れ、その代金の支払いのため、確実な支払い見込みがない約束手形を振り出したものであり、これは、被告太郎の重大な過失による丙川(会社)に対する任務懈怠であるというべきである。

(三) これに対し、《証拠省略》には、前認定一(一四)の原告からの呉服類を仕入れた昭和六三年一月二六日から同年五月二〇日までの時点において、丙川は「今後とも売上を伸ばし、手形割引によって資金繰りが続けられる以上、可能であると判断した。また、万一の場合は、乙山有限、被告花子が相当の不動産を有していること、丙川が丁原株式会社の関連会社であるということで銀行から借入れが可能であった」と述べる部分や、仕入代金を支払う見込みがあったもので、会社(丙川)に対する任務懈怠がないとの同被告の主張に副う記載部分があるが、これらの証拠は、《証拠省略》に照らし、遽かに措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠がない。

2 原告の損害

原告は丙川に対する本件呉服類の売買代金が丙川の倒産により、回収不能となり、その代金相当の四、六〇〇万円相当の損害を被ったことは前認定一の各事実、とくに、(三二)に照らし明らかである。

3 過失相殺

前示のとおり取引開始後二か月後の昭和六三年二月以降には、一、〇〇〇万円を超過し、異常な増加を示しており、しかも、前認定一のとおり、原告は現金問屋といいながら、初めての取引先である丙川につき、充分な信用調査をしないまま、なんの担保をとることなく、当初から多額の商品売買につき、手形取引をしていることなどに照らすと、原告が丙川との本件呉服類の取引につき、自己の損害を回避し、それを軽減する義務を怠ったものであって、過失があると認めることができる。したがって、当裁判所は、この原告の過失を四割として、これを斟酌し、損害の六割に当たる二、七六〇万円をもって、損害賠償額とするのが相当であると考える。

4 右損害賠償額を越える部分については、民法七〇九条の不法行為に基づく請求も理由がなく、とくに、この請求の場合に限り前示3の過失相殺をすることができないとする根拠を見出すことができない。

5 まとめ

したがって、丙川の代表取締役であった被告太郎は、原告に対し、商法二六六条ノ三第一項に基づき金二、七六〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六三年九月三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

なお、商法二六六条ノ三第一項の責任は、商行為に因って生じたものとはいえないので、原告の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求できず、民法所定年五分の限度でこれを認容すべきである。

三 被告花子の責任の検討

1 監査役の第三者に対する責任の検討

(一) 監査役就任の有無の検討

前認定一の各事実とその経緯、弁論の全趣旨に照らすと、丙川は、もともと、被告花子の亡父松夫の染呉服製造卸業の個人企業を次々と法人成りさせた株式会社丁原商店、丁原株式会社、丁原株式会社戊田店及び乙山有限などの同族的系列会社であり、染呉服製造卸の「丁原株式会社」からその前売筋対象部門を分離独立して、発足したものであった。そして、被告花子は、前認定一(三)のとおり、昭和四九年二月二七日以降、乙山有限の代表取締役に就任しているもので、同(七)のとおり、昭和五八年一二月二四日、丙川の株式は全部乙山有限の所有するところとなり、丙川は乙山有限の完全所有子会社となったこと、同(八)のとおり、乙山有限は、丙川に対し、本社ビルの賃貸、資金援助及び物上保証をしていて、丙川の存続には、乙山有限の信用が、不可欠であったこと、同(九)のとおり、被告花子は、丙川のために担保を設定する際、乙山有限を代表して承諾を与えていたこと、同(一〇)のとおり、被告花子は丙川に対し、個人として、資金援助及び物上保証をしていたこと、同(一三)のとおり、被告花子は、被告太郎と相談して、当時丙川の本社店舗として使用していた乙山有限所有の土地建物を他へ売却処分し、丙川の右銀行債務の支払いに充てていること、同(一四)のとおり、昭和六三年一月丙川が新社屋へ移転した頃から被告花子は丙川の新社屋に出向き、会社の帳簿を見ることを始めており、同(一六)のとおり、同年四月二一日、被告花子につき、同女が同年二月二五日に監査役に就任した旨の登記がされており、右同日の丙川の株主総会議事録に被告花子が監査役就任を承諾した旨の記載があり、これと符節を合わせるように、同(一七)のとおり、被告花子は、その頃までに、原告との取引に関する帳簿を閲覧し、取引担当者訴外橋本一夫及び被告太郎に対し、利益の極く薄い取引を善処するように意見を述べていること、同(二一)のとおり、昭和六三年五月頃、取引先である石勘株式会社の社長清水から丙川の経営実体につき注意を受けるや、同社長から被告太郎に注意を与えて貰い、これが聞き入られないと知って、同(二三)のとおり、その直後の同月中頃、被告花子は、親会社である乙山有限の代表者又個人名義の融資者として、主要取引銀行である住友銀行に対し、以後丙川の手形の割引をしないで欲しい旨を申し入れていること、その結果、同月二〇日、住友銀行(四条支店)は、今後貸出しや商業手形の割引はしないと丙川に通告していること、しかも、これと相前後して、同(二四)のとおり、同日頃、被告花子は丙川に対し、監査役辞任届を提出していること、同(二五)のとおり、同月二五日頃、被告太郎が、商品の現金売りダンピングを行ない漸く丙川の決済し、同(二六)のとおり、同年六月二五日の決済期にも、商品の現金安売りなどの相当無謀な営業をしたり、乙山有限、被告花子からの融資、高利金融業者からの高利の手形割引によりその場を凌いだのち、時を置かず、同月二八日、同(二七)のとおり、被告花子は被告太郎と協議離婚をしていること、同(三〇)のとおり、同年七月九日、石勘株式会社が、被告花子所有の長岡京市のアパート、乙山有限所有の宅地、建物に対し仮差押登記を了したことを知ると、すぐに、同(三一)のとおり、被告花子は乙山有限を代表して、丙川に対する融資を打ち切っていることなどに照らすと、被告花子は、自己が丙川の監査役に就任していることを知り、これを承諾していたものと推認することができる。

これに反し、被告花子は、自己が丙川の監査役でないとして、イ 被告太郎は、丙川の従業員に甲田梅夫辞任後の監査役就任を依頼したが、拒絶され、被告花子の承諾がないにもかかわらず、同花子を監査役として登記した。ロ 被告花子は、昭和六三年五月頃、丙川の監査役として、登記されていることを被告太郎から聞いて初めてこれを知った旨を述べているが、《証拠省略》に照らして、遽かに措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠がない。

(二) 責任の有無の検討

資本金一億円以下の株式会社の監査役は、商法二七四条、二七五条、二七五条ノ二の適用がなく(商法特例法二五条)、専ら会社の会計監査を行う権限と義務を有するに過ぎない(同法二二条)。

丙川は前認定一(四)のとおり資本金は一、〇〇〇万円であって、商法特例法にいう資本金一億円以下の株式会社であり、被告太郎が、利益を上げる見込みもなく、商品の品質も充分調査しないで、それまで扱ったことのない品質のよくない安売品である本件呉服類を原告から買い入れ、その代金の支払いのため、確実な支払い見込みがない約束手形を振り出したという前認定二1(一)の丙川(会社)に対する任務懈怠は、丙川の代表取締役である被告太郎の業務執行に関する事柄であるから、監査役である被告花子において、これを監査する権限も任務もないというべきである。

したがって、被告花子は、その余の判断をするまでもなく、右被告太郎の任務懈怠の監査義務違反に基づき、監査役の第三者に対する責任を負う余地はない。

(三) まとめ

したがって、原告の被告花子に対する監査役の第三者に対する責任による損害賠償請求は理由がない。

2 事実上の取締役の第三者に対する責任の検討

(一) 事実上の取締役の該当性

前認定一の各事実、とくに、これによる前示三1(一)の事実、弁論の全趣旨を総合すると、被告花子の言動と丙川の経営状況の浮沈との間には密接な対応関係がみられるのであって、同被告は、丙川の経営と相当深い関係をもっており、親会社である乙山有限の代表取締役として、また、会社創設者である乙山松夫の相続人で、丙川の実質的所有者として、事実上丙川の業務執行を継続的に行ない、丙川を支配していたものであって、丙川の事実上の取締役に当たるというべきであり、この認定に反する《証拠省略》は、《証拠省略》に照らし遽かに措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠がない。

(二) 責任の有無

(1) 前認定一の各事実、前示二1(一)、三1(一)の事実、弁論の全趣旨に照らすと、次の事実が認められる。

(イ) 被告花子は、丙川の事実上の取締役であり、丙川は、親会社たる乙山有限及び同花子の資産と信用を頼りに、銀行から資金を借り入れ営業を存続させていたものである。

(ロ) 丙川は、原告との本件取引開始直前の昭和六二年度決算期(同年末)には累積赤字が二億〇、一〇〇万円に達しており、主要取引銀行である住友銀行の意向に従って、同銀行に対する借入金弁済のために、同年一二月、乙山有限の店舗を、売却して漸く資金繰りをつけたもので、相当な経営困難に陥っていた。

(ハ) その後、丙川は、昭和六三年一月新社屋に移転したものの、親会社の資金援助とか、他からの借入金などを当てにしたものであって、確実な代金支払いの目処もないのに、その支払いのため満期を六か月先とする約束手形を振り出し、原告から本件格安商品を買い受けて、成算の持てない極めて利益の薄い安売りを続け、同年四月以降は返品の続発もあって原告からの仕入れた本件商品を原価割れのダンピングをするなどして急場を凌いでいたものである。

(ニ) 被告花子自身も、この頃、丙川の経営不振について危機感をもち、帳簿類を調査したこともあるのに、単に利益の薄い取引であることを指摘して、注意を喚起したにすぎず、その後、自ら、取引銀行の住友銀行や石勘に対して、取引打切りの申し出をしている。

(ホ) 丙川は、原告から本件商品を当初の同年一月の仕入れは一七五万五、〇〇〇円であったが、同年二月以降同年四月まで月額一、〇〇〇万円を超過する金額に達しており、同年五月は六三八万六、五〇〇円となり、急激に取引金額を増加させている。

(ヘ) 原告との取引による商品の代金は当初から一切支払われていない。

(2) 以上の各事実、弁論の全趣旨に照らすと、被告花子は、丙川の事実上の取締役として、重大な過失により被告太郎の前認定の任務懈怠行為に対する監視義務を怠ったものというべきであって、被告花子はこれにより生じた原告の損害を事実上の取締役の第三者に対する責任として商法二六六条ノ三第一項により賠償すべき責任がある。

3 原告の損害

被告花子は、前示監視義務違反により、丙川の倒産を早めたものであって、原告は、これにより、丙川に対する本件呉服類の売買代金ないし本件約束手形金が丙川の倒産により、回収不能となり、その代金四、六〇〇万円相当の損害を被ったことは前認定一の各事実、とくに、(三二)に照らし明らかである。

4 過失相殺

前示二3のとおり、原告は、丙川との本件呉服類の取引につき、過失がありこれを四割と認めて、損害の六割に当たる二、七六〇万円をもって、損害賠償額とするのが相当であると認める。

5 右損害賠償額を越える部分については、民法七〇九条の不法行為に基づく請求も理由がなく、とくに、この請求の場合に限り前示4の過失相殺をすることができないとする根拠を見出すことができない。

6 まとめ

したがって、丙川の事実上の取締役として被告花子は、原告に対し、商法二六六条ノ三第一項に基づき金二、七六〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六三年八月三一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

第四結論

原告の本訴請求は、被告両名に対する商法二六六条ノ三第一項の責任に基づく請求を主文第一項の限度で認容し、被告両名に対するその余の請求を棄却する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 岡田治)

<以下省略>

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